下関の写真館も異国風

日本に写真機が伝わったのは、1848年(嘉永元年)であったといわれています。これを輸入したのが、長崎の貿易商・上野俊之丞という人物で、最終的には、そのカメラは島津斉彬が手に入れたようです。そうして、実際に写真撮影に成功したのは1857年といわれています。それでは、下関と写真の関係をみてみると、下関で写真を最初に撮影したのは、やはり、外国人のようです。

下関で最古の写真といわれているのが、1864(元治元)年下関戦争の時に撮影された写真です。細江から門司方向を写したものです。四ヶ国連合艦隊(アメリカ、イギリス、フランス、オランダ)が、戦争に勝利し上陸した後に、記念写真を撮影したようです。ところで、下関にある多くの商店街に、コンクリート建築やモルタル造りの、しゃれたお店があります。

最近は、洋品店や化粧品屋さんもしゃれていますが、昭和30年代からあるしゃれたお店の大部分は写真館です。写真は西洋から伝わったもので、最先端の西洋技術でした。そのせいか、写真館は、どことなく西洋を感じさせる店構えになったようです。明治時代に写真技術を学ぶのは、写真館への丁稚奉公です。

先生である師匠のところに住み込み、カメラの扱い方から、撮影技術や現像技術を学びました。撮影技術の習得とともに、写真館の経営や、お客さんの扱い方まで、師匠の元で学びました。当然、店の造りや店構えまでも、学んだのです。しゃれた雰囲気の洋風っぽい店構えが多いのも納得できます。

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